第143回研究例会のお知らせ(2014年12月14日(日)13:00~) 

第143回研究例会を下記の日程にて開催いたします。
皆様のご参加をお待ちしております。

 日 時:12月14日(日)13:00~
 会 場:恒心館 2階 721教室
 参加費:無料

  ***** 題目・要旨 *****

◆大岡昇平「俘虜記」(改題「捉まるまで」)――「自殺」しなかった「私」を書くこと――
  立命館大学文学部日本文学専攻3回生  谷川 直美

 「捉まるまで」は、第二次大戦末期の比島で「私」が米兵の俘虜となるまでを、「私」が回想して記す設定で書かれている。従来は、「私」が若い米兵を射たなかった事件を中心に、〈生〉に向かう「私」が書かれた作品として考察されてきた。しかし、「私」が自殺を試みたことについても詳述していることに注目すると、「捉まるまで」の新たな面が見えてこよう。本発表では、「私」が〈死〉に向かった「私」を書いたことの意義について、改稿過程にも注目しながら考究する。


◆高橋たか子『怒りの子』論 ―― 突き落とす「悪意」 ――
  立命館大学大学院博士課程前期課程1回生  宮田 絵里

 高橋たか子は女性の悪意を多く描いてきた。『怒りの子』(1985年9月、講談社)では、主人公・美央子が自分に粘着する女性、山本ますみを階段から「突き落とす」という悪意の表出が描かれている。京都を舞台に会話が京都弁で表現されるこの作品は「生粋の京都人」である高橋の文学を考える上で重要な作品である。今回は美央子と初子、松男との三角関係を分析しつつ、ますみを突き落とし自分も落下するという美央子の「殺人」について考察していきたい。


◆夏目漱石「趣味の遺伝」論
  立命館大学大学院博士課程後期課程1回生  黄 倩 雯

 「趣味の遺伝」は、明治三十九年一月の「帝国文学」に発表された夏目漱石初期の短編小説である。漱石が「実はもっとかゝんといけないが時が出ないからあとを省略しました」とか、「仕舞をもつとかゝんと、前の詳細な叙述な比例を失する様に思ひます」と書簡の中で、作品の均整を失することを語っている。作品中にも「その代りここまで書いて来たらもういやになった。今までの筆法でこれから先を描写するとまた五六十枚もかかねばならん」と書かれている。
 「趣味の遺伝」の初出は明治三十九年一月号、初収録の『漾虚集』は明治三十九年五月なので、書き直す時間があると思うが、どうしては初収録まで書き直していなかったのか? ここで作品を完成品として捉え、分析することで、漱石の意図を考察したい。


◆モンタージュと編集―― 能勢克男の小型映画『飛んでゐる処女』と文化新聞『土曜日』について ――
  立命館大学研究生/同志社大学人文科学研究所嘱託研究員(社外)
                                      雨宮 幸明

 1930年代の京都で活動した知識人能勢克男は、京都のバスガールを主題に撮影された小型映画『飛んでゐる処女』をはじめ、いくつかのアマチュア映画を制作したほか、文化新聞『土曜日』の編集に関わった。本報告では、戦時体制へと移行しつつあった当時の社会状況を背景に、能勢克男のアマチュア映画制作と新聞編集の活動について、それらがどのように関連し合い独自の表現を生み出すものとなったかを考察したい。